思索に耽る〜自己探索記録〜

日々頭の散らかった思考ゴミを、整理整頓したいが為に書く。

動き出したくなり、動き出したら(運命が)動きそう。

スピリチュアルなタイトルです。が、思ってるよりそういう内容ではなく…。

 

行動すれば何かしら結果が出てくる。

それだけのことですが。

 

物陰からひっそり様子を伺うように、日々の業務を淡々とこなす下積み修行時代(←大袈裟?)なこのコロナ禍が出口を迎えようとしている、そんな気がして。

なんか、「動きたい!」という気持ちがムクムク肥大したのです。

久しぶりの感覚です。

だから、動き出し始めました。

来月の結果が楽しみです。

 

どんな結果になるのかソワソワ…。

部屋の模様替えをした

先日、部屋の模様替えをした。

何の気なしに動き始め、ついついと手を動かしていたら、模様替えが終わっていた。

驚き。

腰は軽やかに上がり、いつも思考でギュウギュウの頭は信じられないくらい空っぽだった。

なぜ?

模様替えに取り掛かる前、まず「このままの生活を続けてもラチがあかないな」と現状を受け止めていた。

今までの「フリーランスで行くんじゃ!」という反骨精神もどこへやら、すんなりと「働きに出よう」と受け入れて、求人へ応募した。

環境が変わる気配を感じ、模様替えを始めた。


デスクの配置が変わった部屋は、「なぜ最初からこの向きに置けなかったのだろう?」といぶかしむくらい、配置が心地よくフィットしていた。

こーいうことか。

流れが良くなる気しかしない。

ここ数年の私の運気の流れがあるとしたら、幅の詰まったところまで辿り着いていて、狭くて抜けられない関門をようやく突破した感じ。

これから一気に流れ出しそう。

そんな気がしたので、"その流れの勢いに取り残されないようフットワーク軽く乗っかってゆくが吉"、と思ったことを忘れないように記しておく。


今は迷う時期じゃないな!

書き出す効用

ブログをつけ始めて。書き出す効用を早くも実感してきている。

特に私は。昔から”考え過ぎ”だと言われ続けてきたので、頭の思考ゴミが人よりもきっと多いに違いない。書き出すことは、この頭の中にとっ散らかった思考ゴミを捨て去り、大事な部分だけを選別するのに効果的だと改めて思った。

 

日記はどうか?クローズドな日記でも書き出すには良いと思うのだけれど、どうしても”他人の目”が無い分、気を抜きがちになる。とは言っても特定の知人には言いにくいこともあったりして、個人が分かるSNSに公開する気にもなれず。程々に不透明な、アバターを用いての自己表現に私は肯定的だ。

 

そして今、私は迷っている。このブログにどこまで個人性を晒すのかを。

元来、目立ちたがりな性分もあり、すぐに自分をアピールしたくもなったりするのだけれど、色々活動していく上で、同一人物に紐付けない方がスムーズにいく一面もあると考えているから。なので、やっぱりここは秘密主義で行こうと思う。これは、自分に対する方針。

(と言ってもここまでの記事はどうやら誰の目にも止まっていないようなので、殊更秘匿性に拘らなくていいかとも思うが)

 

今回のタイトルは”書き出す効用”だったので、とりあえずここで区切り、新しく記事を立てて問題に入ることにする。

私は本当に”漫画家”になりたいのか?

ついぞ本当に漫画家を目指し始めたのは2019年を過ぎてから。

 

その年は今までやってきた流れが一段落ついたというか、区切りの年だったので、私は人生の再スタートを切るみたいな気分になっていた。

 

「さて、はて。これから何を目指そう?」

 

それまでやりたい事は大体やってみたし、とりあえずやっとかなきゃいけなさそうな事もある程度こなしてきた。これから、何か目標を絞って取り組むのなら。

漫画家だろう。他にやりたい事が思いつかなかったし。

 

幸いなことに、漫画家を目指し始めた年に早くも私は画業の職を始めることができた。

それは似顔絵の仕事で、特に似顔絵師を目指していたわけじゃなかったけれど、お金を得ながら画力を上げられる職に就きたかったので、なれたのはラッキーだったと思う。

 

そんなこんなで気がつけば開業し、フリーランスという立場で似顔絵の仕事を請け負って数年が経った。

その間私は漫画家目指して、漫画塾的なお教室に通い始めたわけなのだが。

3年近く漫画を描くんだと取り組んできて、まともに仕上がったのは一作だけ。それも8ページほど…。

 

お教室の先生方曰く、私には(漫画家として担当がつく)最低限の画力と構成力はあるそう。「原稿さえ完成できれば担当さんがつくかもしれませんよ!」と発破を掛けていただけるも、どうしてもなかなか一本をまとめ切ることができない。

「完璧主義過ぎるから、下手でもいいからとにかく完成させて!」と何度も言われる。自分はぐうたらで完璧な人には程遠過ぎるのだが、漫画に対する理想はどうやら高過ぎるらしく、その高い理想に自分の力量が全然間に合っていないことに毎回落ち込んで腹が立ち、「こんなんじゃイヤだ!」と何十回とネームを破り続けてしまう。

下手な自分を見せたくないらしい。そのくせ、暇があると怠けてしまうから伸びない。

 

私は「漫画が仕上げられないのは自分のこの困った性質にあるから、そこをなんとか克服しないと」と考えていたのだが。

でも、もしかしたら根本の理由は他にあるのかもしれない。

 

今の私の状況は、実家暮らしで似顔絵(とたまにイラスト)の案件を数日でこなし月数万の収入がある。案件以外の空き時間は創作に充てようとしてるのだが、実際は違うことをしている事が多く全然創作が進まない。

 

以前は一人暮らしでフルタイムで働き創作もしていたこともあるが、それは20代のまだ体力がある頃で、それでもかなり大変だった。正直、しんど過ぎたし、もう今はそれをやれる気がしない。

 

雇われれば、結局そちらを頑張って優先してしまう性格なので、外に働きに出て自分の活動もやるとかが難しい。また、外で仕事があると「ちゃんと仕事してる」という意識が生まれてしまって、家ではお休みモードになりがちだった。

 

漫画家を目指すということは漫画を描いて持ち込みなり投稿なりしなければ始まらない。そう、あくまで目指しているのは商業漫画家だからだ。

それだというのに、今は時間はたっぷりある筈なのに、自発的に漫画を描いていない。それはなぜか?正直、今私が一番悩んでいることは「漫画が描けないこと」ではなく、「月数万しか稼げていないこの状況を打破したい」である。

そう、私はお金が無い不安から漫画を悠長に描いていられない状態にある。

 

一番いいのは漫画でお金を得ることなのだが、まだ私にはお金をいただけるほどの漫画力はない。磨いていけばこの先漫画力が身に付くこともあるだろう。だが目下着目すべきは「今の私でどうやって稼ぐのか?」なのである。

どうやら画力は多少あるようなので、とりあえずイラストレーターとして活動に力を入れるか?似顔絵ならある程度専念すれば収入は見込めそうだけど…ここで問題なのは、イラストレーター・似顔絵師・漫画家はそれぞれ”画業”という大きな括りの中にはあるけれども、その内容は全然違うということ。求められる絵柄も違うし作家性も違う。当たり前だけど”食っていける”状態まで持っていくにはどれか一つに専念した方がいい。専念したって”食っていける”までになるには一朝一夕では辿り着けない。それなりに長いスパンがかかる。

じゃあその長いスパンの収入はどうするの?働きに出る?そして作業時間減る?あれ?でもお金がないと作業に集中できない…なんだこのループは。

 

多分、お金の問題なんだろうな。私が引っかかってるのは。

 

昔々、イラストレーターとして活動始めた先輩に言われた「イラストレーターになりたかったら一人暮らしなんて贅沢なことできないよ!」。当時私は心の中で『自分の生計立てられない仕事って職業って言えるの?』って反発してた。20代半ば。今私は実家で家賃が浮いてるから月数万円しか稼げていないけど絵師やれてる。正直この歳で実家であんまり働いてません(作業はしてるが売上が低い)、って状況はすごく恥ずかしい。早く抜け出したい。だけど、フルタイムで働き出したら絵師業は相当キツくなる。じゃあ絵師業だけでフルタイム並の収入まで持っていくには当面絵師業に専念しなきゃってならなくなる。漫画描く心の余裕…。

 

もひとつ引っかかるのは。周りには漫画誌で賞を取り担当がついてる方々がいるわけだけども。この数年見てて。その先へ進む大変さが見えてきた。やっぱりお金かな。漫画を描くためのまとまった収入。それがないと不安。毎月、いくら稼げるのかわからない不安。漫画でお金貰ってそれだけで暮らせている人は本当少ない。漫画でお金貰ってる人はそこそこいるけれど。

 

気持ちが中途半端なんだろうな。私は漫画を描けるようにはなりたいけれど、職業としての漫画家を望んでいるわけではないのかも?だとすれば、私が取るべき道は、なるべく高単価で少ない時間でも十分な収入を確保できる職について、空いた時間で金銭を目的にしない方向で漫画を描いていくことだろうか?

けど、漫画家を目指したのって「会社員はもうやりたくない」っていう思いもあったような。

んじゃ、フリーランスで「自分が本当に生計立てられること」に力入れないと。ってなるのかな。フリーで稼ぐって大変…もういっそ働きに出たほうが早いよな…堂々巡りしてる。

やることを絞ったほうがいい。本当に。二兎を追ってもダメだ。何もかも中途半端だ。一人でやれることには限界がある。

 

とにかく行動しないと。やっぱりお金。収入の確保。それが一大事だ。

 

続けて。

さてはて、初回の記事では、なんとなくこのブログの方針?となるものを書いたわけだが。

方針…まぁ一言で言うと「好き勝手どうぞ」と言うことなのだけれど。

一応、公開にしている手前ね、不快な表現は避けたいところだけども。

そう、そういったことは気をつけて書いてゆこう。自分に釘刺し。

 

本題。

 

私は30歳過ぎたくらいから「漫画家になるぞ」と思い始め、行動し始め早数年、「漫画家になりたい気持ちは持ち続けているものの、思った以上に時間掛かってるなぁ…(あとどんくらい掛かるのかしら…遠い目)」←今ここ

な状態なわけなのですが。

 

今自分が何を優先してやるべきか若干分からなくなっているのですね。

 

あれやこれや…結局欲張りなんだろうとは思う。

プライドが高くて手放せないものがたくさんあるのだろう。

 

うーん。

雨だとね、どうにもね、鬱々しがち。

肉体という物質的な入れ物に入っているから、外の影響は受けるものなんだって割り切ってさ、晴れの日のパフォーマンスを求めるのはそろそろ不毛だと知るべきなのかも。

 

そんなわけで思考がまとまりませんね。うん。一旦寝かせてまた考えよう。

はじめに。

「ブログをつけよう。」

さてこれは、何度目の挑戦になるだろうか…?

 

日々何気なく暮らしている中で、ふと、つらつらと文章を書きたくなる波が来ることがあって、今回はもう何度目のウェーブなのか分からないけれど。

 

私は欲張りなので、あわよくば「このブログで収益を…!?」とか思っちゃうのだけど、いつもそう、金銭を目的にすると本音が書けなくなって、いつの間にか薄っぺらいハリボテのような記事になってしまうのだ。

 

そんなことは、もうよそう。

 

私は、文章が書きたいのだ。気兼ねなく。思ったことを。

頭で悶々と考えるだけでなく、こうやって思考を言語化し、文字として見える化することで、整理された思考を再度取り込み直せる恩恵を文章化に求めているのだ。

 

そうだ、だからこれは

私による私のための私によって紡がれる言葉の連なり。

盛大なひとり言。

 

(ひとり言なのに全公開なんて選んでしまうのは、やっぱり欲張りな性分で、つまるところ「誰かに賛同してもらえるかも…?」という淡い期待と、隠しきれない承認欲求なるものが見え隠れする小さな一人間の性と言うことで。)

 

それだけでいいと、自分を許すのだ。

それでいいのだ。